とある企業から、自社の契約内容を教えてください、という確認の連絡が入りました。
ご連絡ありがとうございます、と頭を下げながら、私は首を傾げました。
なぜならこのお客様、非通知で電話をしてきていたからです。
個人のお客様なら防犯の一環として非通知の方もいます。
しかし、企業が非通知で電話をかけてくるのはあまり聞きません。
社外には知られたくない電話番号なんでしょうか。
それもまたおかしな話です。
代表番号からかけてくれば済む話ではないですか。
もしかしたら代表に入れたくない部署からの直通なんでしょうか。
分かりませんね。
ちょっとした疑問を持ちながら、まずはお話を聞かせてください、と先を促しました。
今回のご要望は、12契約の内容をすべて教えて欲しいというものでした。
……ほほ~う、12契約ね……。
内心、時間がかかるなと思いながら、ひとまず契約番号を確認します。
しかしお客様は契約番号は知らないとのこと。
そりゃ困りましたね、では利用している住所から教えてください。
様々な情報を照合のために教えてもらいながら、またもや首を傾げることがありました。
途中、申込者の背後から賑わいの声が聞こえて来るんです。
建物内だとは推測できるんですが、まるで、建物全体で新年会でもやってるのかというほど明るい声音です。
いったいこの人はどこから電話をかけているんだろうか。
詳しくは聞けないので、ひとまず12契約を特定させて内容を確認してから折り返ししましょう。
「お調べするのには時間がかかりますので、先ほどお伺いしたご連絡先のお電話番号に、折り返しご連絡させていただきますね」
にっこり笑顔で説明しますが、なぜかお客さんが慌てました。
「1個ずつ、いま確認しましょうよ」と。
そんな提案を受けたのは初めてだったので、ちょっと動揺してしまう私。
大変申し訳ないのですが……と、先ほどと同じ内容を繰り返し、なんとか折り返しに納得して貰いたい、と説明します。
時間さえもらえれば契約の特定は可能だと思うから、折り返しの時に一気に説明できると思うんですよね。
でも、1件調べて保留して、また1件調べて保留して……となると、申し訳ないんですが調査時間も説明時間も倍以上かかってしまいます。
恐らく10分程度では済まないですし、場合によっては1時間以上かかるかもしれません。
そんなに長い時間2人でやり取りを続けるより、10分ぐらい集中して調査する時間を貰って、それから説明をしたい。
折り返しさせて頂けないか、やんわりと説明を続けましたが、このお客さん妙に食い下がってきます。
なぜこんなに必死になっているんだろうか。
――本当は私、非通知で会社の契約内容の確認がかかってきた時点でかなり不審に思ってしまったんですよね。
加えて、内容確認中のお祭り騒ぎのような声。
そして、連絡先として登録されている電話番号は実はこの会社の代表番号。
第三者の人でも憶測で言うことは可能なわけです。
実際、連絡先を聞いたとき、この男性は少し動揺したような雰囲気を感じました。
声は普通だったんですが、何でしょう。
間の取り方とか、電話番号を説明するときの速度とか。
通常時の会話と少し違うかもしれない? とほんの少し私の中での疑いが強まっていき、最後にこの折返拒否で強い不信感に変わりました。
情報漏洩が叫ばれてる時代ですから、代表番号に連絡をして、所属してる社員だ、と私が確認したい。
でもそんなことを今の受話口の方にあけすけにお話するのは失礼かと思ったので、他の理由を前面に押し出してみたんですが、全然納得してくださらない。
しかもこの方、契約者名義を微妙に間違えて名乗ってました。
ますます変だなと首を傾げ、これは絶対に折り返しだと、思ってた矢先でした。
地元民なら間違えるはずのない地名の呼び方を間違えていたんですよ。
なので、本社は東京とか大阪にあって、地方支社の契約自体はその支社名を名義にしている、とかなのかなと思ったんですよ。例えば本社は「東京●●株式会社」だけど、北海道にある支社は「北海道●●株式会社」です、と。
グループ会社的な感じなのかなと。
……実際、そんな会社の作りができるのか、契約ができるのかは存じませんが。
なので、東京とか大阪とかの本社の人が、各支店の契約内容を確認しようとしたけど、でも普段は「●●株式会社」で通っているから、正式名称を聞かれて、焦って間違えたのかなぁと。
更には、例え地方とは言え、自社の営業所名を間違えるくらいだから、お偉いさんから「これ、確認しといてね」的なノリで軽く任された新人さんかな、という想像も膨らんでいる私でした。
超失礼。
ええ、かなり善意的な物事の見方をしているなと自分でも思いますよ。
でも、あんまり疑ってばかりいると声に出てしまいますし、それだけで不愉快になる方もいます。
なるべく善意的に見ようと心掛けています。
今回は折返拒否が強すぎて、さすがに私も少々本音を明かさざるを得ませんでした。
「大変恐縮ですが、ご本人性の確認のためにも、一度折り返しさせて頂かなくてはいけません」
そう説明するとお客さんは渋々……本当に渋々といった感じで「そうですか」と納得してくれました。
だがしかし。
「じゃあこの電話番号に連絡ください」と、携帯の番号を伝えてきました。
意図が分からず、思わず「え?」と首を傾げてしまう私。
男性は少し苛立ったように「折り返しが必要なんですよね? 今伝えた番号が僕の連絡先なんで、そこに連絡ください」と伝えてきます。
いやいやいや、おかしいおかしいおかしい。
携帯に電話したら、出るのは貴方1人じゃないですか。
貴方「僕の携帯」って言ってますよね。
私は「本人性の確認のために」って一応やんわりと伝えているのに、なぜ貴方の携帯に折り返しすることで確認ができたと喜ばなければいけないのか。私は電話が繋がるか繋がらないかを確認したいわけではありません。繋がったから「この携帯番号は本物だ。ならこの人は信用できる人だな」と良く分からない安心感に浸ることもできません。
ちょっとこの人が何を言っているか分かりません。
思わず「は?」とか声が出てしまう私。
その男性はその後も真剣な声音で「僕も忙しいので折り返しは困るんです」と言ってきました。
「でも本人性の確認のためには必要っていうなら仕方ないですよね。
直ぐに電話くださいね。直ぐにですよ。
僕、これから出掛けなければいけないんですからね」
私、唖然として言葉が出てきませんでした。
忙しくて今すぐ出掛けなきゃいけないのに、なんでそんな12契約も確認しようとしてるんだ。
お前の仕事を終わらせてからにしろよ。
今回の契約内容の確認もお前の仕事じゃないのかよ。
――連絡先登録されてる代表番号に確認必須。
私の中で確定した瞬間でした。
まだ何か言い続けようとしている男性の声を、少し遮ります。
「畏まりました。
ご本人性の確認は、弊社に登録されている電話番号にさせて頂くことになります。
確認が取れましたら先ほど教えて頂いた携帯へと折り返しご連絡させていただきます。
失礼ですが、お客様の所属先を教えて頂けますか?」
途中から黙って聞いていた彼は少し考えるような間を取ったあと「総務です」と答えてくれました。
一般的にどこにでもある部署名、ありがとうございます。
私が口を開こうとすると少し慌てて遮りました。
「あ、でも、僕はこれから会議なので、いないです。
その場合は田中さんが出ます。なので、そちらで確認お願いできますか?」
早口で付け加えられた田中さん情報。
まあ、どこにでもいそうな名前ではありますよね。
でも、そんな田中さんに「確認して欲しい」と頼むのであれば、やっぱり私の考えすぎなんだろうか。
違和感はますます強くなっていくけど、全部帳消しにして会話続行もできないですし、話を進めましょう。
「畏まりました。
田中様――でいらっしゃいますね。
この方に確認をさせて頂きますね。
確認が取れましたらご契約内容もそのまま田中様にお伝えいたしますか?」
どうやらその提案は申込者の気分を害するものだったようです。
「いや、田中は何も分からないと思いますよ。
ていうか、本人性の確認が取れればいいんですよね。
それだけで電話するんですよね」
少しムッとしながら念押ししてきました。
……この人は、自分が先ほど「今すぐ出掛けるから直ぐに折り返し欲しい」と言ったことを忘れているんだろうか。
一応、この申込者もまだ話もできてない田中様も、同じ会社の社員ですよね。
ならこの男性にこだわらなくても伝言で済ませられれば話が早いのではないかと思ったんですけどね。
「ただ、お客様は今からお出かけになるとお伺いしましたので」
「会議だよ。会議に行かなきゃいけないって意味」
結構強引に「外出」が「会議」に変更されました。
いいけど。
私は淡々と自分の仕事をこなすだけ。
「会議でございますね。
では……田中様が何も分からないということであれば、どなた様にお伝えすればよろしいでしょうか」
「いや、だから、本人性の確認が取れたら僕に電話下さいよ。携帯伝えましたよね?」
明らかに不機嫌な申込者。
私、もうデスクに両肘ついて、そこに顎乗せて、半眼になって、ゆっくりお話ししております。
「お客様はこれから会議に出席されるとお伺いしました。他の方にお伝え」
「電話が来れば出ますよ。少しくらい抜けても大丈夫ですから」
さて……。
ここで冒頭に戻りましょうか。
12契約の契約内容を調べたい、確認したい、というのがこの男の一番最初の要望でした。
1契約だけでも紐づくサービス内容を説明するのに多く見積もって5分ぐらいかかります。
まだ内容を調べてもいないから分からないけど、他システムを参照しなければ分からないような内容だったら、更に時間は必要でしょう。
単純計算することはできませんが、それでも、単純計算すると5分×12契約で、約1時間。
内容を特定してから折り返し連絡するのではなく、本人確認だけを他の人に連絡して、そしてすぐさま申込者に折り返ししながら契約内容を確認――確認と説明を同時進行にするってなると、やっぱり約1時間は見て欲しい。
そんなに長い時間、貴方が不在でも構わない会議になんて、最初から出席しなくてもいいのではないですか?
私が登録連絡先に電話したら、お前が直接出ろよ。
なんて、どんどん心の口が悪くなっていく私です。
「ていうか、本当に貴方で大丈夫なんですか?」
「はい?」
いきなり話題が変わりました。
どうしたんだろうか。
いきなりすぎて、さすがに思考がそちらに向かない。
「あの、なんていうか、失礼なんですけど。
貴方は語尾が弱いというか……もっと断定して欲しいんですよ」
「はい?」
思わず「変態か?」と引きつる私。
でもそういう意図ではなかったようで。
「何か頼りないというか……」
どうやら私が断定的な物言いを避けてのらくら返事してることを「頼りない」と感じたらしい。
心外である。
私が貴方の間違った発言を「それは違います」と断定したら、そのこと1つ取っても「情報を与えた」という解釈になるので、否定も肯定もできないんです。まず本人確認をしてからの説明に持っていこうとしているのです。
だって「自分がさっき言った名義は違ってたんだな」と知ったら、まずそこを調べ直して、また次の受付者に同じこと仕掛けるわけですよね。そんなことさせるわけにはいかないんです。暴くなら一気に暴いて「お前は偽物だ」と突きつけないとダメなんですよ。
考えながらだと本当に難しい。
というか早く切って欲しい。
さっきから、無駄に会話時間を長くしているのは貴方のせいなんですよ。
「ああ、左様ですか。それは申し訳ございません。頑張りますね(笑)」
私は何を頑張ると言っているのだろうなぁと、自分のことながら他人事のように思いました。
「ああ、はい……あの、本当に大丈夫なんですよね?」
「大丈夫……? というと? 仰る意味が分かりかねますが」
「いや、ほら。契約内容の確認、貴方で大丈夫なんですよね?
これだけ時間取られて、やっぱり途中で貴方じゃ駄目だったとか言われても困りますし」
もしかして、担当者を変えたいと考えているんだろうか。
それにしては持っていきかたが下手くそ過ぎるんだけど。
「種類にもよりますが、まずはご本人様確認をさせていただき、ご契約の調査をさせて頂かないことには判断ができません。今回のご要望はご契約内容の確認とお伺いしておりますが、失礼ですが、何か確認しなければいけないご理由があったのでしょうか?」
「いえ、だから、住所とか、名義確認とか……」
「ああ……それでしたらご心配には及びません。私で大丈夫です。お客様の情報を確認させていただければお話ができます」
「それだったらいいんですけど……」
「では折り返しご連絡させていただきますね。お電話をお切りになって、少々お待ちください」
なんとか……なんとか、半ば強引ではありましたが、電話を切ることができました。
かなり疲れました。
1次応対だけで30分も話し込んでました。
これからまたお話するのかと思うと憂鬱です。
何かと怪しいお客様。
でも、本当の本当にそれが確定するまでは、本物のお客様だという可能性もあるので、やっぱり対応は丁寧にしていかないとダメです。
先ほどの会話の中で30分以内には一報するとお話をしていました。
なので、大まかな内容だけ調べて、早々に折り返しできるようにしましょう。
準備を整えていたところに、なんと、私ご指名の電話がありました。
先ほどのお客様です。
切ってからまだ5分も経っていません。
今度は何を言われるのか……電話に出ることにしました。
「先ほどはお電話ありがとうございます。大変申し訳ございませんが、まだお調べしている最中でしたので、もう少々お時間を頂きたいのですが……」
「は!? 貴方、本人性の確認のためだけに折り返し連絡するって言ったじゃないですか? 早くして下さいよ」
うーん、本人性の確認はもちろん最優先ですけど、そのあと調査してから貴方に折り返しすることも説明していたはず。
こんなに追い詰める口調で怒る彼の意図が分からない。
私を困らせて「この人は私の手に負えないわ」と思わせて他の人に代わらせようとか、そういうスタンス?
受けて立つよ?
「ご本人様確認についてはそのように申し上げましたが、契約内容の照合にはお時間を頂きます」
「これから俺、会議なんだから早く連絡貰わないと困るんだよ!」
「それは大変申し訳ございません。ご本人様確認には携帯ではなく他の連絡先にご連絡させていただきますので」
「だから、これから会議なんだって、言ってるでしょう、ねぇ?
誰もいなくなったら本人性の確認もできなくなるだろう?」
思わず目が点になる私。
この人が言ってる「会議」って、「本人確認の連絡先も会議に参加するから私が本人確認できなくなるよ。だから本人確認なんてしなくていいよね、って言えよ」って、暗に言いたいための言葉なんだろうか。
ちなみにこの人が言った契約名義は結構な大会社です。
なんの会議かは分かりませんが、会社全員がその会議に出席するなんて、そんなことあり得ないと思います。
代表の電話番号に誰も出ない状態がずっと続くってことですよね。
ないですよね、普通。
それに、この男性は「総務」と言っていたんですよ。
総務と他の部署が合同で、代表番号も取れなくなるぐらいの人数を集めてやる会議って、どんな会議なんでしょうか。
「失礼ですが、どなたもいなくなるのですか?」
「そうだよ。だから早く連絡が欲しいって言ってるじゃないか」
「はぁ」
ちょっとだけ……ドヤ顔する男性が脳裏に浮かびました。
「会議が終わるのはいつ頃なのですか?」
「分からないよ。会議なんだから」
「だいたいの時間で構いません」
「だから、会議なんだから分からないって」
「会議だから分からない」と押し通せる強気さが分からない。
会議だと時間は決められないのか。
スポーツにだって終了時間があるじゃないか。
「延長」って言葉もあるじゃないか。
いくら長引く会議だからって、終了目安となる時間ぐらい、あるでしょう。
それすらないとか、どんだけタイムマネジメントできてない会社なんだよ。
もしくは、私は入りたての新人で世間に疎い、丸め込める、と思われてるんでしょうか。
私の声はいわゆるアニメ声で、かなり若く聞こえるようなんですね。
そのせいでクレームになったこともあります。
「30代以上を出せ!」と。
いや、めっちゃその世代超えてますから、私。
もうこの人と話すの嫌だなぁと思いながら、次なる手を考えなければいけません。
「分かりました――会議が終わる時間が分からないということで、では、そちらの営業時間は」
「あ、すいません。電話がきたようです」
「あら、それでは」
これでこの不審者と電話が切れるのかと思っていたら。
「ちょっとこのまま待ってて貰えますか?」
まさかの保留か、と驚いているとこの後、さらなる衝撃に見舞われました。
彼は、掛かって来たという電話に、以下のようにお出になりました。
「お電話ありがとうございます。こちらは●●株式会社でございます」
ここまで彼の声ははっきりと聞こえていました。
しかしその後は少し受話口を離しながらなのか、徐々にフェードアウト。
「ああ、はい。ええ、いつもありがとうございます」
私が聞き取れたのはここまでで、その後は完全にブラックアウト。
恐らく受話口を塞いだんじゃないでしょうか。
ただ、私はもうこの段階で両肘を机につくんじゃなく、突っ伏しました。
私もインカムを手で塞ぎました。
笑いが向こうに聞こえないようにするためです。
彼は致命的なミスを犯しました。
覚えているでしょうか。
彼は契約名義を間違えて私に伝えていて、私は訂正も何も、まだしていない状態なんです。
本来なら「北海道(ほっかいどう)●●株式会社です」なのに、「北海道(きたうみどう)●●株式会社です」と私に伝えてきていたんですよ。
そして、掛かって来たという会社の電話に「北海道(きたうみどう)●●株式会社です」と出たわけです。
あり得ません。
電話に出るということは会社の顔です。
どれだけ新人だろうが、緊張していようが、自分の会社名を間違えるなんてあり得ません。
仮に言い間違えたとしても、直ぐに訂正が入るはず。
自分で気づかなくても、お客様の反応は「え?」とか、そんな風になるはず。
そのまま何事もなかったように会話が続くなんて、あり得ません。
この時点で申込者は「虚偽申込」だと確定。
私から譲歩することは一切ありません。
今の話を聞く前であれば。
本人確認をして、社員だという確認が取れていたら。
「実は先ほどお客様に仰って頂いたご契約のご名義なんですが、弊社に登録しているご名義とは読み方が異なっております。意図的であれば大変失礼ですが、地元の方であれば間違えることのない読み方ですので、少し慎重にご本人様確認をさせて頂いておりました。大変申し訳ないのですが、正式名称を一度ご確認いただいてからご連絡いただけますか?」
こんな感じで確認を促そうと思っていました。
本人確認する前だったらこの情報も伝えるのは微妙かなと思うので、否定も肯定もしていないのですが……今からすると、伝えないで正解でした。
そのおかげで彼が墓穴を掘ってくれましたから。
私に聞かせるためだけの演技は数十秒で終わりました。
受話器から手が外されて、いきなり彼の声が聞こえるようになりました。
「ええはい。本日はありがとうございました。また御贔屓にお願い致します」
たった数十秒でなんのやり取りをしたんでしょうね、彼は。
「お待たせ致しました。申し訳ありません」
「いいえ、構いません」
むしろありがとうございます。
「それで、本人性の確認なんですね」
「はい。早急にご連絡いたしまして確認させていただきます。それでは、失礼致し」
「え、ええっ。ちょっと待ってくださいよ!」
彼が慌てました。
その動揺っぷりを見ると、恐らく彼は「自社の電話に自分が出たことで疑いが晴れている」と思っていたんでしょうね。
逆にその電話が自分の首を絞めているとも知らずに。
ひとまずこれ、成りすましです。
のちほど契約者の連絡先へ状況説明と、本当に貴方がたの社員ではありませんよね? という確認が必要になるかも。
そんなことを考えていると、どうやらお客様は諦めたようにため息をつきました。
「分かりましたから、早くしてくださいね」
ぶっきらぼうに言って。
「はい、分かりました」
私は早く切ろうと端的に答え、頭を下げ――だがしかし。
ここでまた食い下がってきました。
本当に折り返しが必要なのかどうか、しつこく聞いてきます。
同じことの繰り返しですね。
内心の焦りを隠しながら説明を続けましたが、とうとう。
「もう貴方じゃ話にならない。上司出してよ」
そんなことを言われました。
まだ情報共有してなかったので一瞬ためらいましたが、要望された以上は断れません。
たまたま手が空いていた直属の上司に状況を説明。
最初は良く分かっていなかった上司は、首を傾げながらも、お客様をお待たせするわけにはいかないと電話を替わりました。
しかし、徐々にお客様の矛盾点に気付いていき、不審な表情に変わっていきます。
それと共に、言葉遣いも強くなっていきました。
私は隣に控えていたんですが、恐らくお客様はまた異なる名義を伝えたんでしょうね。
上司が「名義が違っているようですが」と、ずばり言いきりました。
あ~、どんな反応だったのか、ものすごく聞いてみたい。
お客様は恐らく正しい名義を確認しようとしたのか、上司の言葉もエスカレート。
「地元の方なら決して間違うような名前ではないです。そちらさんは今どちらから掛けていますか? 東京ですか? そうですか、分かりました。そちらのご連絡先を教えて頂けますか? 確認を取らせて頂きますから。ええ。直ぐに確認します。直ぐです。分かりました。いいえ。仰って頂いた本社のご連絡先に折り返しさせていただきますが、弊社に登録されている連絡先にも確認を取らせていただきます。駄目です。はい、はい、失礼します」
反論を許さぬ猛攻撃。
そして、すさまじい速度で、まずはお客様が苦し紛れに言っただろう電話番号へ連絡。
「現在、使われておりません」
私と上司で思わず顔を見合わせてしまいました。
生ぬるい笑み。
そしてその直後、再びあの男性から電話がかかってきました。
上司が変わり、先ほどよりも更に恐ろしい表情で対応し始めました。
「貴方ね、どうして嘘をつくの? 教えて貰った電話番号ね、使われてないでしょう。そうですよ。使われていませんよ。貴方は――切りやがった」
逃げたんですね。
上司は直ぐ、登録されてる連絡先に電話をしました。
丁寧に名乗り、このような問い合わせが入ったことの説明と、そういう名前の男性が総務に在籍しているかの確認をしました。
結果――男性は社員ではないことが確定しました。
分かっていましたけど、私のあの1時間はなんだったんでしょうか。
どっと疲れが出ました。
あとで上司が教えてくれたんですが、在籍確認の連絡をしたとき、その会社の周辺に不審な業者が出没していたようです。
廊下で男性が携帯で話をしていたところも目撃されていたようです。
「ああ、あの人かな?」と受話口で呟く声が聞こえたとか。
出入りの業者ではないようでしたが、今後、その会社は警戒を強めることにしたそうです。
今回は水際で止めることができて良かったです。
個人情報を取り扱う事業者としては漏洩について、しっかり対策しなければいけません。
たまに「お前らが俺の契約把握してるんだから、いちいち何を確認するんだよ」と怒られることもあります。
でも、こういう成りすましを防ぐためですので、快くご協力していただければ幸いです。
