4月7日、深夜12時――
もう大きな地震はないだろうと思っていたところに震度5強の余震がありました。
私はちょうど眠ろうとしていたところでした。
余震に慣れてしまっていたので「またか」とそのまま眠ろうとしたのですが、数秒後に揺れが大きくなり、飛び起きました。
まずは本棚を押さえます。
そのまま揺れがおさまるのを待っていたら、部屋の電気がバチンと消えました。
やられた、と思いました。
懐中電灯の単一電池がまだ購入できていませんでした。
本震のときのように停電が長引くと、懐中電灯もラジオも使えない状態になります。
携帯の明かりを懐中電灯がわりにしてリビングに行きました。
情報源が何もないというのは困りますね。
外は暗闇なので停電なのは間違いないのですが、震源地や復興情報など、ラジオが動かないことにはどうにもなりません。
今回は携帯の充電が残っていたため、東京にいる親戚に電話をしてみました。
しかし携帯は即規制されたのか「接続できません」の文字が表示されていました。
地震発生から30分ほど経過。
再び親戚にかけてみると繋がりました。
東京もかなり揺れたようです。
火力発電が止まり、1県だけではなく複数の県で停電になっている、という情報を教えて貰いました。
ひとまず情報を得られたので、その日はもう休むことにしました。
次の日の朝。
まだ電力は復旧していないため、レンジが使えません。
道路は信号がついていないため渋滞でした。
車は、皆さんが譲り合いの精神で動いているようです。
コンビニに立ち寄ると店内は真っ暗でしたが、出入口に「営業中です」という手書きの大きな張り紙がありました。
店内には人が結構いました。
皆さん戸惑いがちになっていて、やはり普段とは雰囲気が違います。
物資調達がままならないため、からっぽの棚が目立ちます。
職場ではまず点呼を取るため総務に寄りました。
忙しそうに電話応対している総務の人たちがいます。
これからの行動指針や社員の安否確認など、山積み状態のようです。
名簿に出勤のサインをしてフロアに行くと、待機状態。
電話受付用のシステムを非常用電源で稼働させるわけにはいかないので、受付機能は今本社側にあるようです。
受付人数が絞られていると思うので、お客さんの待ち時間がかなり長くなっていると思われます。
規制が明けたら忙殺されそうな雰囲気ですね。
出社していたのは私と、他数名だけ。
どうやら他のメンバーは職場に事前連絡をして自宅待機を命じられていたようです。
私には「職場は、連絡するものではなく行くものだ」という固定概念があったようです。
目から鱗でした。
公共交通機関が動いていれば職場に行っちゃうよね。
さて、午後にもなると情報が集まってきます。
ガソリンスタンドには車が列を成しているとか、隣の県は一部が復旧したらしいよとか、夜勤チームは自宅待機だったけど、さっき出勤命令が出たらしいよ、とか。
資料整理やお客様情報の整理をしながら雑談していると、一瞬、電気が消えました。
悲鳴が上がったあと、直ぐに普通の電気に切り替わりました。
自家発電から通常電源に戻ったようです。
午後2時30分頃、電気が復旧しました。
今まで雑談していた皆さん、一斉に仕事モードに切り替わり、通常の受付が再開されました。
皆さんのプロ意識に感動しました。
